「なぁ伊澄さん、このキモい現状がその、ノートの呪いちゅうヤツなのか?」

「そうよ咲夜。 感じるでしょう? あのノートがどれだけ呪われた力を秘めているのかを」

「まぁ、詳しいコトはわからへんけど・・・」

咲夜は周囲を一瞥し、率直な意見を述べる。

「とりあえず、ハタ迷惑で悪趣味な呪いだってコトはよ〜くわかるわ」

 5. お嬢さまたちの午後

三千院家を飛び出して白皇学院へ駆けるナギと、彼女を追う伊澄、咲夜。

道中に通り抜けた銀杏商店街の惨状?は咲夜ですらツッコむ前に呆れる程の
規模となっていたが、今のナギには心底どうでもいいらしい。

「おのれぇぇ! 理事長だろうが誰だろうが、私とハヤテのラブラブ相思相愛の間柄に
土足で踏み込む輩には地獄すら生ぬるい! じわじわとなぶり殺しにしてくれるわー!」

愛しいハヤテを奪われたナギの怒りは有頂天、リアルで何かやらかしそうな勢いである。
こんな状態のナギに話を振ったところで真っ当な会話が成り立つとはとても思えないので、
咲夜はナギを放置して、伊澄と会話を続ける。

「ところでこの理事長さんと借金執事のケッコンってのも、
やっぱりその呪いのノートの仕業なん?」

「ええ、恐らく間違いないわ」

“恐らく”とは言いながらも、それが確信に近い推測であることが
伊澄の表情から見て取れる。

「でもハヤテ様は呪いのことを認識されていたから、
そう簡単に呪いに取り込まれるようなことは無いはず。
だとすれば、ノートの呪いに囚われているのは恐らく」

「理事長さん、ってコトか」

伊澄はコクコクと頷いて肯定する。

「ふぅん・・・しかし、白皇の理事長さんっていうと、
あの生徒会長さんと並び称されるようなしっかりしたヒトなんやろ?
そんなヒトが囚われる様な呪いっちゅーと、かなり厄介なモノなんやないの?」

「そうね、厄介なのは事実よ。 だけど理事長さんくらいの力の持ち主であれば、
本来なら決して跳ね返せないほどの強い呪力でもないわ」

神話の時代の英霊を身に宿しつつ自我を保ち、取り込まれることなく耐え抜いた
白皇学院の誇る若き理事長ーーー天王洲アテネ。あの英霊に比べれば
ノートがもたらす呪いなど冗談みたいなレベルでしかなく、
彼女がその程度のモノに取り憑かれてしまうコトなど、本来は有り得ないのだ。

「じゃあ、なんでまた?」

話の流れから当然浮かんでくるであろう咲夜の疑問に、伊澄は表情を微妙に曇らせる。

「呪いの力に対抗するには、当然のことだけどその呪いを
否定しようとする心が必要なの。心が強ければ、意思の力で呪いを
退けることが出来るわ。でも、その呪いがもたらす状況が、理事長さんの
望むものであったとすると・・・」

ここまでの説明で咲夜は伊澄の表情の理由を含め、おおよそを察する。
この状況がアテネの望むものである、というコトはつまりーーー

「・・・修羅場、やな」

「そうね」

これから行われる結婚式は、アテネ当人の意思によるイベントというコトになる。
その真っ只中に恋敵であるナギが殴り込みをかけるのだから、
これが修羅場にならない訳がない。

「えーとちなみに伊澄さん、ナギに勝ち目はあるんかな?」

「無理ね」

「ま、そやろなぁ・・・」

キッパリ、という書き文字が背後に見えるようなすがすがしい程の断言っぷりに、
咲夜も頷かざるを得ない。片や若くして白皇の理事長を務める程の器の持ち主。
片や、ダメな意味で史上最強の引き篭もり。
残念ながら、キャラの設定で既に雌雄は決している。

「じゃ、じゃあ伊澄さん、その“呪い”ちゅーのを、なんとかする方法はあらへんの?」

「あるわ」

「へっ?」

ある程度の困難を前提として別の方策を伊澄から聞きだそうとした
つもりだった咲夜としては、呆気なさすぎる返事に思わず間の抜けた声を上げてしまう。

「えーと、なんかえらい簡単に言うけど、やっぱりまた面倒な条件とか・・・」

「大丈夫。 ノートを破けば、それで全て解決よ」

咲夜の気苦労をあざ笑うかの様に(勿論そんなつもりは毛頭ないのだが)
伊澄はしれっとごくごくシンプルな解決策を提示する。
目をきらりと光らせてやや得意気になっているあたり、
本当にその方法で間違いないのだろう。

「ってじゃあ今までの心配はなんなんやっちゅーの!」

スパァン・・・!!

「あぅ・・・」

『最初に言え!』と口でツッコむ代わりに何処からともなく取り出したハリセン一閃、
伊澄を叩き伏せるとその勢いのまま、

「おーいナギ! そのノート、破って捨てるで! それでこの異変は解決や!」

ナギに向かって一方的にイベント終了を宣言する。このキモい現状も、

この先に待ち受ける厄介なイベントも、それで全て終了なのだ。

・・・が。

「ばかものっ! このノートには私の最高傑作が記されているのだぞ!
誰が破いたりするものかー!」

どうもそうシンプルにはコトは済まないらしい。

「あのなぁ」

ナギはあの調子なので話を聞いていない可能性は充分考えていたが、
それにしても話の土俵が違いすぎる。 

「そのノートさえ破いとけば、借金執事と理事長さんのケッコンって話も
ぜーんぶ無かったコトになるんやで! 悪いこと言わんからさっさと
そのノートを寄越すんや!」

「バカを言うな! このノートは三千院ナギの真の力引き出す宝具!
ド○クエならコレを捨てるなんてとんでもないと言われること間違いなしの
伝説級レアアイテムなのだぞ!! それを破り捨てる!? それが人類にとって
どれだけの損失となるか・・・そんなコトもわからんのかこの三下ァ!」

「わかるかーーー!」

ナギの描くマンガのことで問答したところで、ナギは他者の(理解の)追随を許さない
斜め上方向の天上人。そんなナギと咲夜とでは、根本的に話が噛み合うというコトが
既に有り得ない。しかも今の激昂したナギを説得するなど、
至難どころか無理ゲーもいいところである。

「あーもう! 伊澄さんからもビシッと言うたってや!
そんなマンガ、いくらでも描き直しはきくやろ、って!」

咲夜に促された伊澄は、いつになくきりりと締まった表情でナギを見据え、口を開く。

「・・・ナギ、よく聞いて」

「む!?」

咲夜との問答では取り付く島も無い様子だったナギも、
自分の漫画の貴重な理解者である伊澄の声には耳を傾けざるを得ないらしい。

「な、なんだ!? なんなのだ!」

「言うたれ言うたれ!」

しかも伊澄の纏う何時になくシリアスな雰囲気がプレッシャーを与えるのか、
ナギは庇うようにノートを胸元に抱き寄せる。

「ナギ」

そんなナギを見据えながら、伊澄はひと呼吸おいて・・・一言、言い放つ。


「それを捨てるなんてとんでもないわ」


その言葉の意味をナギも咲夜も一瞬理解できず、しばし沈黙。

んで。

「そ、そうか、そうだよな! 流石は伊澄! よくわかっているな!」

激昂していたことも忘れたのか、目を輝かせて喜ぶナギ。 その一方で、

「っておいぃいいい!」

当然ながら、今度は咲夜がまず絶叫。 そして―――

「なに言ってんねん! アホか―――!」

普段より迫力5割増くらいの勢いで再度ハリセンを振り上げる。 が、

びしぃっ!

「んなっ!?」

ハリセンを握る手を振り下ろす前に、咲夜の眼前には伊澄の手にした御札が
突きつけられていた。

後編へつづく)



まえのおはなし。

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