2. ちょうこう。

翌日。

マリアは、我が目を疑っていた。

天気の良い昼下がり、彼女はハヤテを伴って近所の商店街へと買出しに出ていた。
三千院家で使われる食材は全国各地から厳選された素材を取り寄せたり、
マリアが自身の手で育てたり、あるいは釣り上げたりするものが多い。
だが、それだけでは種類が限られてしまい、時にメニューに悩むようなこともある。

そんな時、マリアは普段とは異なるアクセントを求めて近所の商店街へと出向くこともあるのだ。
如何に三千院家の近所の商店街と言えど、客層はあくまで一般の主婦がほとんど。
故に品揃えも、普通のモノでしかない。
その点では、マリアたちが普段用いている“厳選された高級食材”と比べてしまえば
いささか質が劣ってしまうのは仕方ないが、 そこを仕込みと調理でカバーして、完璧な料理へと昇華させる・・・
それこそが、一流のメイドとしてのたしなみなのだ。

勿論、“普通”の素材だからと言って、無為に選ぶような真似もしない。
ずらりと並べられ、どれも同じように見える野菜や魚ではあるが、
そこには当然、質の善し悪しが存在する。
一見しただけではわからない、数多くの品々・・・
それらの中から最良のものを選び抜くだけの眼力もまた、メイドとして無くてはならない資質であると言えよう。

その眼力について言うならば、
ハヤテもまたマリアに劣らぬ資質を持っている。
一瞬で良質の品を選び抜くハヤテの眼力の精度は、マリアをして驚愕させる程なのだ。
が、ハヤテの場合は無意識に“価格あたり”の質を求めてしまう癖が未だに抜けず、
驚愕と同時に苦笑させられる機会も少なくはなかったが・・・

兎も角、そんな二人の使用人が食材を求めて商店街へと向かった訳なのだが・・・

マリアは、我が目を疑っていた。
ハヤテもまた、我が目を疑っていた。

食材を前にしていつもの“眼力”が通用しない・・・等といった、そんな生ぬるい状況ではない。
むしろ、二人の目はまだ食材にたどり着いてすらいない。
いつも通りの道を歩いて、いつもの銀杏商店街の入り口に至ったところで、
二人は立ち竦んでいたのだ。

「あの・・・ハヤテくん・・・」
「・・・はい」

わずかに引き攣った声で問いかけるマリアに、
ハヤテもまた同様の調子で応える。
お互いの声のトーンから、どちらも自分の目がどうやら幻覚を見ている訳ではなさそうだ、ということを認識する。

疑うべきは我が目ではなく、やはり目の前にある風景なのだ、と。

「えぇと・・・一体何なのでしょう、これは・・・」
「さぁ・・・季節外れのハロウィン・・・とか?」
「練馬にそんな風習はありましたっけ?」
「・・・無いと思います」

そんな風習が無いのはマリアもハヤテも十分承知なのだが、
ハヤテが思わずハロウィン、という言葉を口にしてしまったのも、無理は無いのかもしれない。
何せ、道行く人々の装いが明らかに異様なのだ。

もっとも、ハロウィンの“仮装”とは少々趣が異なる。
かと言って、有明の夏冬の祭典で見受けられるような“コスプレ”ともまた違う。

「実は知らない間にブームになったりしてたんでしょうか・・・ほら、ハヤテくんがあんまり似合ってたものだから、
 じゃあ自分も、みたいなノリで」
「いやいやいや、さらっと原因を求めないで下さいよ!
 そもそも僕は自分から進んであんな服着たりしてないし、
 あんなふうに澄まして買い物になんて出られませんよ!
 女装なんてさせられたら!」

そう。
何故か道行く紳士たちが、こぞって紳士らしからぬ装いで跋扈しているのだ。
ゴスロリであったり、各種制服であったり、ついでにケモノな耳までのっけていたり。
まさに、時々ハヤテが(当人の意思はおいておいて)着させられているような、
フリフリだったりキラキラだったりするアレな装いを、
いい歳した紳士連中がこぞって着こなされているワケなのである。

 

「うーん・・・人様の趣味に口出ししたくはありませんけど・・・
 どうせなら、ああいう装いはやっぱりハヤテくんみたいに似合う方にして欲しいものですわねぇ・・・」
「・・・僕は全力で遠慮させて頂きたいですが」

違和感も相当なものだが、それ以上にこの風景は、正直キツい。
キツいというか、もはや痛い、というレベルである。
マリアもハヤテも、とりあえずどうしていいかわからずただただげんなりとした顔をしていたのだが・・・

「うーん・・・それにしても」

げんなりしながらも、ふとマリアの脳裏にまた別の違和感が生まれる。

「どうしました、マリアさん」
「ええ、私たちはこうしてかなりの違和感を抱いていますのに、ほら・・・」
「・・・あ」

皆まで言われる前に、ハヤテもまたマリアの意図を察知する。

「道行く人もお店の人も、全く何事も無いかのように・・・」
「ええ、そうなんです。 私たちはこんなにげんなりしていますのに。
 あれがみんな、ハヤテくんみたいに似合っているならともかく、
 正直かなりなんとも言いがたいこの風景を、商店街の皆さんは
 全く違和感無く受け入れられているように見えるんです」
「僕は似合っていても受け入れられたくはありませんけど」

間違って自分まで女装させられたりしやしないかと内心ひやひやしながらも、
ハヤテもこの状況について考える。
自分たちが違和感しか抱けないこの状況を、商店街の人々は抵抗無く受け入れている。
そこでふと、違和感という言葉からハヤテの脳裏にある風景が浮かび上がる。
それはつい昨日の・・・

「そういえばマリアさん」
「はい?」
「昨日の、あの格好・・・」

そこで言葉を濁すハヤテに、マリアは“はて?”と首を傾げ、
ひと呼吸おいて昨日の、わが身に降りかかった事態を思い出し・・・

「――――――っ!」

かぁぁ! と頬を真っ赤に紅潮させる。

 

 

 

「わ、わ、忘れてくださいあれはっ!」
「は、はいっ!」

マリアに凄い剣幕でそう言われては、ハヤテもそう答えざるを得ない。
・・・が。

「で、でも・・・そうですわね・・・あの時、私・・・いつの間にあんな格好にさせられていたか、
記憶にないんですよね」
「マリアさん、ご自分であの服を着られたワケでは」
「ちがいますっ!」
「すみませんっ!」

顔を真っ赤にしているマリアと、ひたすら謝るハヤテではあるが、
それでも少しずつ、事情が見え出してくる。

「と、ともかく・・・僕、昨日もこの辺を歩いていたんですが、
 昨日まではいつもどおりの商店街でした」
「そうですか。 そしてお屋敷では・・・ま、まぁ、それはいいとします!」
「はいっ!」
「・・・それはいいとしますが、そうなると・・・」

判断材料としては余りにも少ないが、状況からとりあえず思い浮かぶのは・・・

「事態はお屋敷から広がりつつある、と・・・そう考えることはできそうですね」
「そうですわね・・・」

事態は三千院の屋敷から。
ハヤテの推測に、マリアも異論はない。
だが、付け加えるならば・・・

「ナギが・・・・・・笑っていましたわ」
「お嬢さまが?」
「ぷくくくくっ、て・・・」
「・・・マリアさん?」

さっきまで何度も怒鳴られたハヤテではあるが、
マリアの纏う雰囲気が先ほどまでのそれよりも遥かに迫力を増していることに気づく。
気づく、というより、ビリビリと痛いくらいに伝わってくる。
明らかに・・・怒っている。

「そうですわ、思い出しましたわ。
 あの時私のことを見て笑っていたこと、晩ご飯のとき、妙に様子がおかしかったこと・・・
 そうですか・・・そうなんですね・・・ナギ・・・!」
「ま・・・マリ・・・」

お嬢さまが危ない。
ハヤテは本能的にそう感じるが・・・かと言って、今のマリアを止めることが出来るかと言うと・・・
悩むまでも無く不可能である、と。
ハヤテの本能は、明快にそう結論を下した。
マリアさんのコトだ、大事には至らない。
お嬢さまの心に一つ二つトラウマが出来るくらいで済む。

それが良いのかどうかは考えないことにして、ハヤテはマリアを止めることを諦めた。

「ハヤテくん、わかりましたわ。 今回の件はナギの仕業に間違いありません。
 商店街の方々も、ナギに抱き込まれて町ぐるみで私たちのことをからかっているに違いありません」
「え、いや、あの、それは・・・」

確かにナギの財力なら、それくらいのコトは出来るかもしれない。
だが、財力だけでなく交渉もまた必要なこの事態、果たしてナギにそんなことが出来るのか。
原因はナギだとしても、むしろこれは・・・

「というワケでハヤテくん。
 私は今からナギにお仕お・・・ごほん、少々教育を施さねばなりませんので、
 先にお屋敷に戻ることにします。
 ハヤテくん、お買い物は頼みましたよ?」
「は、はぁ・・・」

はっきりしないハヤテの返事が聞こえたのかどうか、
マリアは言うが早いか、くるりと踵を返しお屋敷へと早足で向かって歩いて行ってしまった。

―――ナギお嬢さま、どうかご無事で。

 

ハヤテは無責任に胸の中で祈っておいて、
再び頭を現実に切り替える。

三千院家が発端、というのは間違いではなさそうだ。
ナギが何かしでかした、というのも可能性として有り得る気がする。
少なくとも先ほどのマリアの様子からして、彼女には思い当たる節があるように思える。
だが、これほどの事態である。
ナギが、彼女自身の意図で引き起こしたコトなのかというと・・・

「どちらかと言うと・・・あの時に似ているんだよな・・・」

ハヤテは似たような事態を体験したことがある。

「3月の、人形の・・・」

 

 

 

余り思い出したくない出来事なので皆まで言うのは躊躇われたが、
ハヤテが思い当たったのは、ひな人形の呪いで強制的に女装させられてしまった、あの出来事。
こんな規模で、明らかに異様な事態が当事者たちに違和感なく降りかかるなど、
常識では考えられない。
ならば、常識の外の力が働いている可能性がある・・・

ハヤテは、自らの体験からそう考えたのだ。
が・・・

「でも、マリアさんはその手のこと、全く信じないからな・・・」

あのときの女装騒ぎだって、彼女は未だにハヤテが自らの意思で着たのだと信じているに違いない。
そう思うとやりきれないが、今はそこは考えないコトにする。

ともかく、今考えるのはこの異常についてだ。
以前ハヤテの身に降りかかった女装騒ぎと比べ、今回の異常は呆気なく商店街ひとつを巻き込んでいる。
つまり、それだけの力が働いているということだ。
その力の中心にもしナギがいるのだとすると・・・

「お嬢さまやマリアさんに危険が及ぶ可能性がある・・・これは早く解決しないと」

こんなときは、ナギの傍にまっすぐ向かうべきかとも考えたが、
規模こそ大きけれども幸いにして今のところは紳士が女装させられる程度の事態でしかない。
ならば・・・

「まずは商店街の様子をもっと詳しく調べて・・・それから、
 この手のことは・・・伊澄さんなら何かわかるかもしれないかな」

商店街を通り抜け、鷺ノ宮の屋敷へと向かう。
そう方針を立てて、ハヤテは女装紳士のたむろする商店街へと足を踏み入れた。

 


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まえのおはなし。

つぎのおはなし。

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